フランス語で楽しむ「メグレ警視」

メグレ警視の原作本を味読する立場からフランス語の謎解きを試みます。横文字の文章を読み慣れるように

フランス語の慣用表現「m で始まる五文字の伏せ字」

ー Il paraît simplement que ce Monsieur veut vous voir en personne et qu’il
faut mettre tout en œuvre afin de lui donner satisfaction.
 Maigret se contenta de remuer les lèvres et il était facile de deviner que le
mot qu’il ne prononçait pas commençait par la lettre m.
(©Georges Simenon :Un échec de Maigret; Chap.1er)

「どうやらこの方はあなたに直々に会いたいと言っているので、満足のいくようにあらゆる手立てを講じる必要があるようだな。」
 メグレは唇を動かすだけにとどめたが、口に出さなかった言葉が『く』で始まるものだと簡単に推察できた。
(#76『メグレの失態』第1章)

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*警視総監のところに内務大臣から連絡があり、大臣の有力な支援者の男がメグレに会いたいと言っているので、よろしく取り計らうようにとのことだった。呼び出されたメグレはその話を聞いて、口には出さなかったが「くそ!」と呟いた。

Il paraît simplement que < paraître(イルパレ・サンプルマン・ク)単に~ということらしい(il は非人称)

ce Monsieur veut vous voir < vouoir(スムッシュ・ヴーヴヴォワール)この殿方はあなたに会うことを望んでいる

en personne(アンペルソンヌ) 直々に

il faut mettre tout en œuvre < falloir(イルフォ・メトル・トゥタン・ヌーヴル)あらゆる手立てを講じる必要がある

afin de lui donner satisfaction(アファン・ドリュイ・ドネ・サティスファクシォン)彼に満足を与えるために

se contenta de < se contenter(スコンタンタ・ドゥ)~するにとどめた(単純過去形)

remuer les lèvres(ルミュエ・レレーヴル) 唇を動かす

il était facile de < être(イレテファシル・ドゥ)~するのは簡単だった(半過去形)

deviner que(ドゥヴィネ・ク)~を推察する、言い当てる

quil ne prononçait pas < prononcer(キルヌ・プロノンセパ)彼が声に出さなかった(半過去形)
イメージ 1

Crédit photo : Couverture de “Cinq lettres m’ont
tué” d'Etienne Merlo, @amazon.fr

le mot qui commençait par la lettre m. <
commencer(ルモ・キコマンセ・パーラ・レトル・エム)m で始まる言葉(半過去形=文節上時制を統一する必要からここの部分も半過去形になった)
通常この言葉は merde(メルド n.m. 糞、くそ!、畜生!くそったれ!)を指す。日本語でも下品な言葉とされるのと同様に、フランス語でも文中に直接出るのを差し控える傾向があり、m….伏せ字または cinq lettres(五文字)と表記される。仏単語の五文字には amour,
génie, point など多数あるが、cinq lettres として暗示されるのは merde が圧倒的に多い。文学作品としては「五通の手紙」という意味でも使われるが、裏の意味も含ませているかもしれない。

余談ながら、日本のアパレルメーカーのブランドとして、merde と les cinq lettres が使用されているが、カタカナ表記がなぜか「メルデ」となっている。その方が言葉の下品さが薄まって格好がつくからかもしれない。