Il se dirigeait vers la porte quand elle dit :
ー Tu ne m’embrasses pas ?
Il serait quand même revenu sur ses pas.
ー Ne t’inquète surtout pas. Je ne prends pas un monomoteur d’il y a
cinquante ans et je ne pars pas pour le tour du monde…
Il était un peu ému quand même, comme chaque fois qu’il quittait sa
femme pour plus d’un jour.
(©Georges Simenon : Maigret et l'indicateur; Chap.4)
彼が戸口に向かったとき彼女が言った。
「お別れのキスはしないの?」
彼はやはり戻ってきた。
「特に心配するな。50年前の単発機に乗るわけじゃないし、世界一周に出かけるわけでもないんだよ。」
それでも彼はちょっと心が動いた。一日以上妻と離れるときはいつもそうだった。
(#101『メグレと匿名の密告者』第4章)
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
*メグレが珍しく飛行機を使って南仏まで出張することになった。被害者の墓所がバンドル(Bandol) にあるので、その埋葬の機会に、なかなか尻尾がつかめない犯人を追い詰めるための手がかりを得たいという意図だった。
*se dirigeait < se diriger(スディリジェ) ~に向かう
機内アナウンスなどでも Cet avion se dirige vers Paris.
vers la porte(ヴェーラポルト)戸口のほうに
quand elle dit(カンテルディ)その時彼女は言った(quand は関係代名詞だが、接続詞的に使われている)
*m’embrasses pas ? < embrasser(マンブラスパ)キスをしないの?
embrasser(アンブラセ)v.t. 接吻する、キスをする、抱擁する
baiser(ベゼ)もあるが、人に対する場合は
embrasser のほうが一般的とのこと。金メダルや優勝カップには baiser するかも。
embarrasser(アンバラセ)v.t. 邪魔をする、当惑させる、困らせる(酷似語に注意)
*quand même(カンメーム)やはり、それでも(頻用語)
上記の文中に2回続けて出てくる。両方の意味で使っている。
*revenu sur ses pas < revenir(ルヴニュシュルセパ)元のところに戻る
例えば、大雪の日に門の郵便受けに新聞を取りに行って、戻るときには自分の足跡の上をたどって戻るといった感じ。
Ne t’inquète pas(ヌタンキェトパ) 心配するな
*Ne vous inquiétez pas(ヌヴザンキェテパ)心配しないでください、心配ご無用
s’inquiéter(サンキェテ)心配する、気づかう、気にする
sourtout(シュルトゥ)とりわけ、特に
monomoteur d’il y a cinquante ans 50年前の単発飛行機
ému(エミュ)気持が動く、胸が高まる、感傷的になる
comme chaque fois(コムシャクフォワ)毎回のように
il quittait sa femme < quitter(キテ)妻のもとを離れた
pour plus d’un jour(プープリュダンジュール)一日以上